ヒトリゴトアーカイブ

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パティ・スミス(Patti Smith)という素晴らしい女性アーティストがいる。

はじめて聞いた中学生の自分には、正直その素晴らしさがいまいち伝わってこなかった。。。というかさっぱり伝わってこなかった。
ピストルズのあからさまに挑発的なリリックやサウンドだとか、ダムドとかの方が分かりやすかったから。

でも何か気になってどうしても中古屋に売りに出すことはなかった。
学生時代金にこまって何度レコードの棚をひっくり返して中古屋にむかったことか。
それでも、パティ・スミスはレコードの棚から消えることはなかった。
売ってしまおうと手に取り、ジャケットに写るパティ・スミスをみると、いつも「ま、いいか。。。」と思い直したのだった。

パティ・スミスの素晴らしさに気づくのは、Joy Divisionにはまった頃よりもずっと後の社会人になってからだ。

彼女自身がアートだった。
全身全霊のアートとは、すなわちその人間、人間力にのみ見出せる。
人間(生物)そのものこそが、この世界が生み出す最上の芸術。

以前、このブログで岡本太郎について少し書いたが、それと同じような心境だ。

パティ・スミスまたは彼女の作品についてはいくつものレビューが書かれているし、今度日本でも公開される「Patti Smith:Dream of Life 」でも赤裸々に彼女を知ることができるだろう。もちろんレコードを聴けば一番よくわかることだ。


今もなおリアルな表現者であり続ける彼女が、夫である元MC5のフレッド・スミスの死について語った言葉がこのエントリーのタイトルである。


「彼は眠ったのではない、人生という夢から目覚めたのだ。」


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JET STREAMって今、大沢たかおなんだね。。。
しばらく聞いていないうちに。。。

伊武雅刀 最高だった!

http://www.tfm.co.jp/jetstream
伊武雅刀オフィシャルサイト

というか自分、Twitterやれって感じだよね、うん。

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 ときおりふとした瞬間にノスタルジックな感傷が襲う。人によりその頻度は様々だろうけど、とにかくそういう瞬間がたまに訪れる。

 デジャヴ的な瞬間の脳のステップでふと強烈にある出来事を思い出してみたり、集中して何かをしていて一瞬力を抜いたときに、ぐるんとなにか少し粘着質なかたまりが血管を走りぬけ、脳に遠く過ぎ去った過去の記憶を運んでくる。

 僕らは記憶に囚われた存在だ、とはいえるだろう。古代から脈々と少しずつ形を変えてたどり着いたこの僕という肉体。僕のもつ遺伝子。そう、足の指の形から脳の仕組みまでありとあらゆる僕の一部が記憶に囚われた存在。

 そして僕はヒトであるがゆえに思考し、行動する。それゆえに生まれる新たな記憶。

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 天城の深い山麓の向こうから吹いてくる風は刺すように冷たく、そんな中僕は火葬場から立ちのぼる祖母の煙を見上げていた。12月の昼さがりの空は薄い水色をしていて雲のないとても澄んだ色をしていた。その日の空はとくに鮮やかで、気温さえ高ければ初夏と勘違いしてしまいそうな空だった。やがてぶわあっと音を立てて拭いた冬の風にあおられた山の枯れ葉が山の中腹に位置する火葬場に舞い落ちてくる。日の光を浴び、反射させながらキラリキラリと舞い落ちてきた。くすんだ枯葉の色ではない、金色の輝きをたずさえ、キラリキラリと舞い落ちてきた。祖母の煙からしばし目線をずらし、その舞うきれいな枯葉をしばらく僕は見つめ続けた。

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深い海の底
ゆらんゆらんと落ちていく僕は海月
付着した海藻は光合成を、とうに忘れたと
眠りについた

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ジョン・ライドン

「シドはロマンチストだった。だがロマンスは悲劇で終わることを奴は知らなかったんだ」

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国王や天皇が亡くなれば、ぼくらは休暇をもらえるというのに

冬の雨空のいつもより少し寒い朝方

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失いたくない人や、失いたくない場所がある。
でも、人はいつか死ぬし、物事にもかならず始まりがあるのだから、終わりがある。

広大な宇宙における僕ら人の一生なんて瞬き以上に一瞬の出来事で、
レヴィ・ストロースいわく
「世界は人間なしにはじまったのだし、人間なしに終わる。」
という近代社会のその発展ぶりに有頂天となった人間に対する警告はなお、響き続ている。

それと同じくセンチメンタルな感情における人という現象についても同じことが言えて、ぼくらはいつも終わりを意識して生きていく必要がある。
ときにはそれは深い悲しみを誘うものでも、やはり意識せずに生きていくことは許されない。

そうであれば、どんな終わりを求めていくかということになるのだろうか。
でも、これは大きな勇気を必要とする。
終わりを意識しつつそれでも、日常においてはどうしても意識したくないもので、なるべく頭の片隅に持っていこうとする中で、終わりについて考えていくということとそれを行っていくことは日常という世界に終わりという未来の事実を常におくことであるから、本当に勇気のいることだ。

それに耐えれるのか、もしくはそれは本当によいことなのか。

僕らはいつも悩み、悩んだまま「終わり」を迎える。
いつだって答えはモノクロームのまま、近づく次の「終わり」について思いをめぐらせていかなければならない。

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「悲しいけど、コレ戦争なのよね…」


シビレル。

さらばスレッガー

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 親戚のおばさんが先日亡くなったと連絡があった。久々の休日でJAZZの古いレコードやfenezzのendless summerなんかを久々に聞いてゆっくりとしていた夜8時くらいだった。末期ガンということは母から随分前に聞いていたので驚きはしなかったけれども。

 本当は僕の母宛に電話したつもりだったらしいのだが、なぜか手違いで僕の家に電話がはいった。亡くなったおばさんの息子さんからの電話だったけれども、僕が小学生の時以来、たぶん僕の曾祖母(彼の祖母)の葬式以来だと思う。
火葬場の休憩室で、Aさんから両端がねじって袋に入っているおつまみの中身を取り出して、そこにゴミをつめて再度ねじりなおしたお菓子を手渡されて。そんなちょっとしたいたずらをされた記憶が片隅に残っていて、それと他の人の箸に自分の箸を当てちゃいけないよと母に注意を受けた記憶がある。
それが、あの火葬場での僕の少ない記憶。

 当時の彼は高校生くらいだったと思う、あの頃の僕としては十分大人な存在。見上げなければ会話できないくらいの背丈の差と、無骨な骨格がそれを象徴していた。

 「もしもし、あ、お母さんのところにかけたつもりだったんだけど、間違ったみたいだね。実は母が亡くなってね...あ、そういやほんと久しぶりだよね、元気?...そう。じゃあお母さんのところにかけるね。」


思えば20年ぶりくらいの会話だった。ほんの1分弱の会話。過ぎた時間と同様の距離感。今の姿をお互い想像できないくらい久々の会話だった。

おばさんの死というものと、彼の掛け違えた電話という偶然がなければ、彼とは交わることなんかなかったのでは、と思う。

誰かの死が、遠い人を呼び寄せる。

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深呼吸すると胸が苦しくなるくらい
深呼吸すると心臓が悲鳴をあげるくらい

深く深く その環境は
僕では到底いられない

この星の森はもはや加速度的に進んでいく地球の罪深き霊長類のせいで
地中深く根を張ることなどできず

均等な形をした牧場の牛のように
それがバランスを崩していくと警告を受けているのにもかかわらず
愛も変わらず不自然なバランスを追い求める資本主義経済、膨張する世界人口の歪みに

大きな口をあけその下はただ絶望がしか見ることができない暗闇に

本当の命の賛歌は
もうこの星には意味をなさないのだ

本当の愛の賛歌は
もうこの星には意味をなさないのだ

今この星が求めるのは
抗生剤のようなものではないのに
それが一番安易だということが
すべての人々にとって都合がいいように見えるから

本当の愛の賛歌は
もうこの星には意味をなさないのだ

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バンドが解散して数ヶ月。仕事や家のこととか色々ばたばたありつつ、それなりに夏は楽しめたと思う。
今年は去年よりフェスに行けたし。ちょうど夏前に大きい案件が終わったのもタイミングがよかったかな。

それからバンドと大きい仕事が同時期に終えて、色々自分自身のことを考えたり。スパイラルをどうしようかなとか考えたり。

気づいたらもう10月で、秋なんか通りこして冬にどんどん近づいている。

あいかわらず早いなあと思う。僕らの寿命なんか宇宙的規模で考えれば(笑)一瞬以下。

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季節を感じるときというのは色々あると思いますが、僕は外に出るとまず風から季節を感じます。
9月に少し冷たい風を肌に感じた時、ああ秋が来るなあとか、2月曇り空の日の凍てつく風に雪がふるなとか。
それが僕の「風当たり」。

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 5月はじめのゴールデンウィーク後半、僕は伊豆の祖父母の家に向かった。明け方の冷たい風に気づき徹夜続きの仕事をいったん止め、ふと窓の外を見ると太陽がうっすらと顔を出していた。

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僕がモニターとにらめっこをしている頃、遠くヨーロッパの大学生はクラブで知り合った女を口説きおととすのに必死になっている。

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telescope hope

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 友人が自身のブログで、19歳の頃から年をとった気がしないと書いていた。

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サッカーとサッカーをやっていた頃の自分について。

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昔、一人の友達を失った時のこと。

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 小学生の頃のこと。
 あの頃の年というのは、友達と違うことや「異質」な存在に対して、かなりナーバスになる頃だ。ランドセルの色が黒ではなくて紺色だから、革靴なんか履いているから、とか。

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君がもし
まだおぼろげな夢をその手に持っているのなら
この世界はなぜ愛を受け入れないのだろう

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人の鼓動は海原のリズムと共鳴するらしい。
ここ最近(今年に入って)はほんと2〜3時間の睡眠という状況で音楽と仕事でばたばたしている。
無謀なというか白痴な(関係ないけどこれって今禁句なんすかね)発想はとうに消え、色々考えた上での行動というものが習慣づいてきているし、そうであっていいとも思う。
何があっているかはやっぱりいつも不明なのだけれど、とにかく日々あれもやらなきゃこれもやらなきゃと思い、大半は忘れ、後悔し・・・遅ればせながら実践したりする。
まあ、スピードやタイミングって大切なんだろうけど、大して賢くもないたいていの人間にとって、それって結構難しい話で。

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止まらない時間軸のなかで 必死にあるいはなんとなくハシリガキを残していく 中途半端な言葉 書ききれなかった言葉 途切れ途切れの言葉 言葉を発する随分前からのこと

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