ヒトリゴトの最近のブログ記事

何が面白いのかと言えばやっぱり「作る」こと。

何を作るのかと言えば、そこはもう無限の広がりを見せるというか。
ある種の職人のようにひとつのものに没頭し作り続けるというのもいいし、最初に始めたことから派生してきた物事にゆらりゆらりの、たまにぶっ飛んでまったく関係のないことに取り組むのもいいんだろうし。
あ、もうそういうのってどうでもいいんだろう。

一時期家具を自作することを思い立ち今使っている机なんかを作ったりした時期があった。
動機はものすごく単純で、これだと思う机にまったく出会えないじゃあないかと途方にくれたから。
結果、今でも使っているのでそんなに自分としてはまずくはないと思っているということなんだけど、その時思った。

畑違いの制作は、アイデアマンに終始して、あとはプロに投げちまえ。

「俺ってこう思うのよ~」
「いいね~○○ちゃん、ナイス提案!」

まあ、お金なかったので自分で作ったんだけど。
普通に見るとひどい出来だね、あれ。無理やりツギハギしたとこあるし。
なんでここにこの板あるのさって、それなきゃ傾げちゃうのよ、あなた。

そういうわけで、今思うのはオーダーメイドって最高だなということ。

あなたの夢をかなえます。
あなたの夢のお手伝い。

自分もオーダーされてメイドしますよという。そういう仕事です。
本当は何でもかんでも自分でやりたいほうなんだけど、そこまでの時間・能力はない(人間である限りもう不可能)ので、一部はやっぱりプロフェッショナルな方に委ねるのです。
みんなそれぞれ自分のフィールドで精一杯プロフェッショナルで最高。

あなたの夢をかなえます。

俺の本当の夢、誰にかなえてもらおうか?

なんて。

| トラックバック(0) |  

ネット上で話題の般若心経 新訳。

その中身についてここではとやかく言わないし、言えない。

言葉はどうあるべきか?
コミュニケーションのとり方、伝え方について考えるいい例だと思った。


観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 
度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 
空即是色 受想行識亦復如是 舎利子 是諸法空相 
不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 
無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 
無眼界 乃至無意識界 無無明亦 無無明尽 
乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得 
以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想 
究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故 
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多 
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 
即説呪日 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 
菩提薩婆訶 般若心経 

| コメント(1) | トラックバック(0) |  

ある日僕らは、休み時間に使用を禁じられている体育館で、昼休み中ひたすらはしゃぎまわっていた。駄目だって言われていることは、つまりは僕らにとってやりたいこと。思う存分はしゃぎまわっていた。
ルールの定まらない定義のあやふやな鬼ごっこのようなものをひたすらやり続ける。阿呆の阿波踊りのようにプチトランス状態。

 能天気に僕らがはしゃぎまわっている頃、僕らと一緒に危険を冒す勇気のないヤツあるいは正義感が無駄に強いヤツが、いとも簡単に先生に告げ口をした。そんなことを露とも知らず相変わらず狂ったように体育館で走り回る僕ら。むしろトランスマックス状態か。

 やがて、担任の先生がものすごい剣幕でやってきた。一瞬にしてピタッと動きが止まる僕ら。阿呆揃いとはいえ、一気にはりつめる空気。入り口が限られている体育館で逃げられる生徒は皆無、やがて僕ら10人ほどのクラスメイトは横一列に並べられた。

 押し寄せる怒りのままにドカンと振り落ちる雷、必死に耳を塞いで(心の中で)絶える僕ら。右へ左へとゆっくりとうろうろしながら説教が続く。そして、一通り説教をし終えた先生は隅に転がっていたガムテープを目にすると、おもむろに手にとった。

 その瞬間に僕ら誰もが「やばい。来る。」そう思った。

 案の定、僕らはそのガムテープで頭を小突かれる。「ゴッ」という音が体育館に低く響く。ディレイタイムの短い反響がする。右から順に殴られている僕らはその順の通りに、「ゴッ」という音に呼応するかのように規則正しくうめき声を上げる。
そして何人目だったろうか。やがて、クラスで秀才とされている普段は品行正しいA君の前に来たとき、先生は一瞬間をおいてA君をスルーし、再び順に殴り始めた。
 
僕らは鈍い痛み以上に受け入れがたいこの事実に唖然とするばかりだった。

一通り制裁が終了し満足した先生が職員室へと帰っていく中、僕らは怒りで震えていた。怒りはただ1つ、A君をスルーしたこと。人望のあるA君をうらやむものはいなかっただろう。ただただ、あいつ(先生)が憎らしかった。

しかし、それとともに僕らの殆どがこうも思っていた。

「まあ、そうだよな、そういうことだよな、こういうときのために勉強していい子していなきゃいけないんだよな。そう考えると俺って大分ミスってきたな、うん。・・・まあ、俺にはできないけど。」

「苦い」をいつか「甘い」に変える、腐ってそしてもっとうまく世の中を渡ってやると、担任の先生レベルの人間くらい軽くだまくらかしてやるくらいになってやると、心に誓った。

後日、制裁を受けた中で一番先生から目をつけられていた友人が言うには、生徒によって先生の殴る力が違っていたとのことだった。

もちろん、先生のお気に入り度合いに応じて。

| トラックバック(0) |  

 中学2年時の同級生に、何らかの理由で親が1人しかいなくて、その親が事情により十分に扶養できないという子供達が住んでいる寮に、A君という友達がいた。A君は母親が仕事で多忙なためその寮に住んでいた。そのA君とある時期一緒に過ごすことが多かった。部活が一緒というわけでもないし、趣味も違っていたような気がするのだけれど、とにかく一時期一緒に遊ぶことが多かった。

 ある日A君が休憩時間に「ブンとフン」という文庫本を大事そうに読んでいた。変わったタイトル、どこか幼児向けのようなそのタイトルに少し興味を惹かれた。というのは最初の一瞬だけで、それよりも彼がなぜその本を読んでいるかということに惹かれた。彼の成績は正直悪いほうだし、野球部に所属しているどちらかというとスポーツ少年寄りのタイプだったので、僕からすればまったくもって読書をするイメージなどない人物だったからだ。
 彼に何気なく本を読んでいる訳を聞いてみると、今は別々に暮らす父親が買ってくれた本だと言う。ああそうか、と僕は心の中で頷きながらちょっと面倒な質問をしてしまったかなという気持ちになり、曖昧な笑みを彼に返した。僕の質問に答えた後、彼は黙ってその本をみつめていた。
 やがて彼は、休憩時間や下校途中などのふとした時に、少しずつ自分の置かれている状況について、僕らに話し始めるようになった。寮に住んでいるが本当は父親がいること、タクシーの運転手であること、でも今は体調を崩して入院していること。父親と世田谷にある団地に暮らしていたこと。
父親のこと、父親との出来事について話す彼はいつも口元を少しあげ、幸せそうな笑みを浮かべていた。そこから僕らが、彼がどれほど父親のことを大切に思っているのか感じとるのに少しの時間も必要としなかった。

 ある日僕らは自転車に乗り、近くの多摩川土手にきていた。特に何をするというわけではなく、適当に暇をつぶしていたのだが、ふと僕らは思い立った。
「そういえばAの昔住んでいた団地って世田谷だよね。ここからそんな遠くないし行ってみない?」
 誰が言い出したのかさっぱり覚えていないが、とにかくちょうど暇をもてあましていた僕らはA君を煽り、ペダルをこぎ始めた。このときA君がどんな気持ちでいたか、どんな表情をしていたか、僕は覚えていない。

 1時間くらいだろうか、僕らは必死にペダルに力をこめて、かつてA君が住んでいた団地を目指した。汗を飛ばしペダルをひたすらこいだ。なにかに追われるように、なにか必然であるかのように、必ずその場所へたどり着かなければいけないかのように。その間僕らは、進んでいる道が正しいのかどうかをA君に確認する以外あまり話をしなかった。とにかく何か得体の知れない力のようなものが、僕らを突き動かしていた。

 やがて、昭和のにおいがぷんぷんする古ぼけた団地が広がる一帯に着き、そうしてA君がペダルから足を下ろし自転車を静かに止めた。少し先にある棟とその脇の通りをみつめるA君。僕らは弾む息を少しずつ落ち着かせながら、彼に近づいた。
彼は僕らの存在を忘れたかのようにしばらくその先を見つめ続けた。僕らはしばらく無言で、ただみんなの荒い呼吸だけが聞こえていた。ここから数分間のことを僕はもう覚えていない。ただ、何か少し後悔に近い感情を覚えたことを記憶しているだけだ。彼の表情をみつめ、僕は少し後悔していた。でも、団地に行ったことも、それを後悔したことが正しいのかも、今でもわからない。
しばらくして、団地に住んでいるのであろう子供たちの遊び声が徐々に大きく聞こえてきた時、誰かが言った。
「帰ろうか。」
A君も僕も、誰も何も言わずに静かにペダルを踏み込んだ。帰路についた僕らはほとんど会話をすることなく、しばらくして別れた。

A君が今どうしているのか僕は知らない。あれから20年近くたったが、その間に風の便りのようなものは残念ながら僕のもとには届いてきていない。

あの頃の僕らは少しずつこの世界が矛盾や、理不尽なことにあふれていることに気づき、あせり、怒り、絶望しながら、なんとか前を向かなきゃともがいていた。いつだって問題だらけで、どんなにしょっぱい経験をして苦い思い出ばかりを作ってしまっていても、それでも僕らなりに必死に生きていつもりだ。

「夢や希望を持って人生を謳歌しよう。今やみんながお金を持っている時代になったのだから。」

誰しもがそんな風に思っていた頃から一転バブル景気はもろくも崩れ去り、まさか5年も不景気が続くとは、10年も続くとはと言い、それに右往左往しおびえ続ける大人たちを見続けてきた僕らは、バブルが崩壊して約20年経った今でも思う。

人生はいつも薔薇色ではない、いつだって問題だらけだ。そこそこタフじゃなきゃ受け付けてもらえない。それでもやっぱり、必死に生きていいかなくちゃならない。

え?なんでmustなのかって?

そんなこと知らないし、どうでもいい。ほんと、知るかって感じだ。

| トラックバック(0) |  

Patti_smith.jpg

パティ・スミス(Patti Smith)という素晴らしい女性アーティストがいる。

はじめて聞いた中学生の自分には、正直その素晴らしさがいまいち伝わってこなかった。。。というかさっぱり伝わってこなかった。
ピストルズのあからさまに挑発的なリリックやサウンドだとか、ダムドとかの方が分かりやすかったから。

でも何か気になってどうしても中古屋に売りに出すことはなかった。
学生時代金にこまって何度レコードの棚をひっくり返して中古屋にむかったことか。
それでも、パティ・スミスはレコードの棚から消えることはなかった。
売ってしまおうと手に取り、ジャケットに写るパティ・スミスをみると、いつも「ま、いいか。。。」と思い直したのだった。

パティ・スミスの素晴らしさに気づくのは、Joy Divisionにはまった頃よりもずっと後の社会人になってからだ。

彼女自身がアートだった。
全身全霊のアートとは、すなわちその人間、人間力にのみ見出せる。
人間(生物)そのものこそが、この世界が生み出す最上の芸術。

以前、このブログで岡本太郎について少し書いたが、それと同じような心境だ。

パティ・スミスまたは彼女の作品についてはいくつものレビューが書かれているし、今度日本でも公開される「Patti Smith:Dream of Life 」でも赤裸々に彼女を知ることができるだろう。もちろんレコードを聴けば一番よくわかることだ。


今もなおリアルな表現者であり続ける彼女が、夫である元MC5のフレッド・スミスの死について語った言葉がこのエントリーのタイトルである。


「彼は眠ったのではない、人生という夢から目覚めたのだ。」


| トラックバック(0) |  

JET STREAMって今、大沢たかおなんだね。。。
しばらく聞いていないうちに。。。

伊武雅刀 最高だった!

http://www.tfm.co.jp/jetstream
伊武雅刀オフィシャルサイト

というか自分、Twitterやれって感じだよね、うん。

| トラックバック(0) |  

diary0029.jpg

 ときおりふとした瞬間にノスタルジックな感傷が襲う。人によりその頻度は様々だろうけど、とにかくそういう瞬間がたまに訪れる。

 デジャヴ的な瞬間の脳のステップでふと強烈にある出来事を思い出してみたり、集中して何かをしていて一瞬力を抜いたときに、ぐるんとなにか少し粘着質なかたまりが血管を走りぬけ、脳に遠く過ぎ去った過去の記憶を運んでくる。

 僕らは記憶に囚われた存在だ、とはいえるだろう。古代から脈々と少しずつ形を変えてたどり着いたこの僕という肉体。僕のもつ遺伝子。そう、足の指の形から脳の仕組みまでありとあらゆる僕の一部が記憶に囚われた存在。

 そして僕はヒトであるがゆえに思考し、行動する。それゆえに生まれる新たな記憶。

| トラックバック(0) |  

 天城の深い山麓の向こうから吹いてくる風は刺すように冷たく、そんな中僕は火葬場から立ちのぼる祖母の煙を見上げていた。12月の昼さがりの空は薄い水色をしていて雲のないとても澄んだ色をしていた。その日の空はとくに鮮やかで、気温さえ高ければ初夏と勘違いしてしまいそうな空だった。やがて、ぶわあと音を立てて拭いた冬の風にあおられた山の枯れ葉が山の中腹に位置する火葬場に舞い落ちてくる。日の光を浴び、反射させながらキラリキラリと舞い落ちてきた。くすんだ枯葉の色ではない、金色の輝きをたずさえ、キラリキラリと舞い落ちてきた。祖母の煙からしばし目線をずらし、その舞うきれいな枯葉をしばらく僕は見つめ続けた。

| トラックバック(0) |  

深い海の底
ゆらんゆらんと落ちていく僕は海月
付着した海藻は光合成を、とうに忘れたと
眠りについた

| トラックバック(0) |  

ジョン・ライドン

「シドはロマンチストだった。だがロマンスは悲劇で終わることを奴は知らなかったんだ」

| トラックバック(0) |  

国王や天皇が亡くなれば、ぼくらは休暇をもらえるというのに

冬の雨空のいつもより少し寒い朝方

| トラックバック(0) |  

失いたくない人や、失いたくない場所がある。
でも、人はいつか死ぬし、物事にもかならず始まりがあるのだから、終わりがある。

広大な宇宙における僕ら人の一生なんて瞬き以上に一瞬の出来事で、
レヴィ・ストロースいわく
「世界は人間なしにはじまったのだし、人間なしに終わる。」
という近代社会のその発展ぶりに有頂天となった人間に対する警告はなお、響き続ている。

それと同じくセンチメンタルな感情における人という現象についても同じことが言えて、ぼくらはいつも終わりを意識して生きていく必要がある。
ときにはそれは深い悲しみを誘うものでも、やはり意識せずに生きていくことは許されない。

そうであれば、どんな終わりを求めていくかということになるのだろうか。
でも、これは大きな勇気を必要とする。
終わりを意識しつつそれでも、日常においてはどうしても意識したくないもので、なるべく頭の片隅に持っていこうとする中で、終わりについて考えていくということとそれを行っていくことは日常という世界に終わりという未来の事実を常におくことであるから、本当に勇気のいることだ。

それに耐えれるのか、もしくはそれは本当によいことなのか。

僕らはいつも悩み、悩んだまま「終わり」を迎える。
いつだって答えはモノクロームのまま、近づく次の「終わり」について思いをめぐらせていかなければならない。

| トラックバック(0) |  

「悲しいけど、コレ戦争なのよね…」


シビレル。

さらばスレッガー

| トラックバック(0) |  

 親戚のおばさんが先日亡くなったと連絡があった。久々の休日でJAZZの古いレコードやfenezzのendless summerなんかを久々に聞いてゆっくりとしていた夜8時くらいだった。末期ガンということは母から随分前に聞いていたので驚きはしなかったけれども。

 本当は僕の母宛に電話したつもりだったらしいのだが、なぜか手違いで僕の家に電話がはいった。亡くなったおばさんの息子さんからの電話だったけれども、僕が小学生の時以来、たぶん僕の曾祖母(彼の祖母)の葬式以来だと思う。
火葬場の休憩室で、Aさんから両端がねじって袋に入っているおつまみの中身を取り出して、そこにゴミをつめて再度ねじりなおしたお菓子を手渡されて。そんなちょっとしたいたずらをされた記憶が片隅に残っていて、それと他の人の箸に自分の箸を当てちゃいけないよと母に注意を受けた記憶がある。
それが、あの火葬場での僕の少ない記憶。

 当時の彼は高校生くらいだったと思う、あの頃の僕としては十分大人な存在。見上げなければ会話できないくらいの背丈の差と、無骨な骨格がそれを象徴していた。

 「もしもし、あ、お母さんのところにかけたつもりだったんだけど、間違ったみたいだね。実は母が亡くなってね...あ、そういやほんと久しぶりだよね、元気?...そう。じゃあお母さんのところにかけるね。」


思えば20年ぶりくらいの会話だった。ほんの1分弱の会話。過ぎた時間と同様の距離感。今の姿をお互い想像できないくらい久々の会話だった。

おばさんの死というものと、彼の掛け違えた電話という偶然がなければ、彼とは交わることなんかなかったのでは、と思う。

誰かの死が、遠い人を呼び寄せる。

| トラックバック(0) |  

深呼吸すると胸が苦しくなるくらい
深呼吸すると心臓が悲鳴をあげるくらい

深く深く その環境は
僕では到底いられない

この星の森はもはや加速度的に進んでいく地球の罪深き霊長類のせいで
地中深く根を張ることなどできず

均等な形をした牧場の牛のように
それがバランスを崩していくと警告を受けているのにもかかわらず
愛も変わらず不自然なバランスを追い求める資本主義経済、膨張する世界人口の歪みに

大きな口をあけその下はただ絶望がしか見ることができない暗闇に

本当の命の賛歌は
もうこの星には意味をなさないのだ

本当の愛の賛歌は
もうこの星には意味をなさないのだ

今この星が求めるのは
抗生剤のようなものではないのに
それが一番安易だということが
すべての人々にとって都合がいいように見えるから

本当の愛の賛歌は
もうこの星には意味をなさないのだ

| トラックバック(0) |  

バンドが解散して数ヶ月。仕事や家のこととか色々ばたばたありつつ、それなりに夏は楽しめたと思う。
今年は去年よりフェスに行けたし。ちょうど夏前に大きい案件が終わったのもタイミングがよかったかな。

それからバンドと大きい仕事が同時期に終えて、色々自分自身のことを考えたり。スパイラルをどうしようかなとか考えたり。

気づいたらもう10月で、秋なんか通りこして冬にどんどん近づいている。

あいかわらず早いなあと思う。僕らの寿命なんか宇宙的規模で考えれば(笑)一瞬以下。

| トラックバック(0) |  

季節を感じるときというのは色々あると思いますが、僕は外に出るとまず風から季節を感じます。
9月に少し冷たい風を肌に感じた時、ああ秋が来るなあとか、2月曇り空の日の凍てつく風に雪がふるなとか。
それが僕の「風当たり」。

| トラックバック(0) |  

 5月はじめのゴールデンウィーク後半、僕は伊豆の祖父母の家に向かった。明け方の冷たい風に気づき徹夜続きの仕事をいったん止め、ふと窓の外を見ると太陽がうっすらと顔を出していた。

| トラックバック(0) |  

dairy0021.jpg

僕がモニターとにらめっこをしている頃、遠くヨーロッパの大学生はクラブで知り合った女を口説きおととすのに必死になっている。

| トラックバック(0) |  

dairy0014.jpg

telescope hope

| トラックバック(0) |  

 友人が自身のブログで、19歳の頃から年をとった気がしないと書いていた。

| トラックバック(0) |  

dairy0011.jpg

サッカーとサッカーをやっていた頃の自分について。

| トラックバック(0) |  

dairy0010.jpg

昔、一人の友達を失った時のこと。

| トラックバック(0) |  

dairy0007.jpg

 小学生の頃のこと。
 あの頃の年というのは、友達と違うことや「異質」な存在に対して、かなりナーバスになる頃だ。ランドセルの色が黒ではなくて紺色だから、革靴なんか履いているから、とか。

| トラックバック(0) |  

dairy0006.jpg

君がもし
まだおぼろげな夢をその手に持っているのなら
この世界はなぜ愛を受け入れないのだろう

| トラックバック(0) |  

人の鼓動は海原のリズムと共鳴するらしい。
ここ最近(今年に入って)はほんと2〜3時間の睡眠という状況で音楽と仕事でばたばたしている。
無謀なというか白痴な(関係ないけどこれって今禁句なんすかね)発想はとうに消え、色々考えた上での行動というものが習慣づいてきているし、そうであっていいとも思う。
何があっているかはやっぱりいつも不明なのだけれど、とにかく日々あれもやらなきゃこれもやらなきゃと思い、大半は忘れ、後悔し・・・遅ればせながら実践したりする。
まあ、スピードやタイミングって大切なんだろうけど、大して賢くもないたいていの人間にとって、それって結構難しい話で。

dairy0004.jpg

| トラックバック(0) |  

止まらない時間軸のなかで 必死にあるいはなんとなくハシリガキを残していく 中途半端な言葉 書ききれなかった言葉 途切れ途切れの言葉 言葉を発する随分前からのこと

| トラックバック(0) |  
Powered by Movable Type 4.261

Tumblr : log long long time ago