中学2年時の同級生に、何らかの理由で親が1人しかいなくて、その親が事情により十分に扶養できないという子供達が住んでいる寮に、A君という友達がいた。A君は母親が仕事で多忙なためその寮に住んでいた。そのA君とある時期一緒に過ごすことが多かった。部活が一緒というわけでもないし、趣味も違っていたような気がするのだけれど、とにかく一時期一緒に遊ぶことが多かった。
ある日A君が休憩時間に「ブンとフン」という文庫本を大事そうに読んでいた。変わったタイトル、どこか幼児向けのようなそのタイトルに少し興味を惹かれた。というのは最初の一瞬だけで、それよりも彼がなぜその本を読んでいるかということに惹かれた。彼の成績は正直悪いほうだし、野球部に所属しているどちらかというとスポーツ少年寄りのタイプだったので、僕からすればまったくもって読書をするイメージなどない人物だったからだ。
彼に何気なく本を読んでいる訳を聞いてみると、今は別々に暮らす父親が買ってくれた本だと言う。ああそうか、と僕は心の中で頷きながらちょっと面倒な質問をしてしまったかなという気持ちになり、曖昧な笑みを彼に返した。僕の質問に答えた後、彼は黙ってその本をみつめていた。
やがて彼は、休憩時間や下校途中などのふとした時に、少しずつ自分の置かれている状況について、僕らに話し始めるようになった。寮に住んでいるが本当は父親がいること、タクシーの運転手であること、でも今は体調を崩して入院していること。父親と世田谷にある団地に暮らしていたこと。
父親のこと、父親との出来事について話す彼はいつも口元を少しあげ、幸せそうな笑みを浮かべていた。そこから僕らが、彼がどれほど父親のことを大切に思っているのか感じとるのに少しの時間も必要としなかった。
ある日僕らは自転車に乗り、近くの多摩川土手にきていた。特に何をするというわけではなく、適当に暇をつぶしていたのだが、ふと僕らは思い立った。
「そういえばAの昔住んでいた団地って世田谷だよね。ここからそんな遠くないし行ってみない?」
誰が言い出したのかさっぱり覚えていないが、とにかくちょうど暇をもてあましていた僕らはA君を煽り、ペダルをこぎ始めた。このときA君がどんな気持ちでいたか、どんな表情をしていたか、僕は覚えていない。
1時間くらいだろうか、僕らは必死にペダルに力をこめて、かつてA君が住んでいた団地を目指した。汗を飛ばしペダルをひたすらこいだ。なにかに追われるように、なにか必然であるかのように、必ずその場所へたどり着かなければいけないかのように。その間僕らは、進んでいる道が正しいのかどうかをA君に確認する以外あまり話をしなかった。とにかく何か得体の知れない力のようなものが、僕らを突き動かしていた。
やがて、昭和のにおいがぷんぷんする古ぼけた団地が広がる一帯に着き、そうしてA君がペダルから足を下ろし自転車を静かに止めた。少し先にある棟とその脇の通りをみつめるA君。僕らは弾む息を少しずつ落ち着かせながら、彼に近づいた。
彼は僕らの存在を忘れたかのようにしばらくその先を見つめ続けた。僕らはしばらく無言で、ただみんなの荒い呼吸だけが聞こえていた。ここから数分間のことを僕はもう覚えていない。ただ、何か少し後悔に近い感情を覚えたことを記憶しているだけだ。彼の表情をみつめ、僕は少し後悔していた。でも、団地に行ったことも、それを後悔したことが正しいのかも、今でもわからない。
しばらくして、団地に住んでいるのであろう子供たちの遊び声が徐々に大きく聞こえてきた時、誰かが言った。
「帰ろうか。」
A君も僕も、誰も何も言わずに静かにペダルを踏み込んだ。帰路についた僕らはほとんど会話をすることなく、しばらくして別れた。
A君が今どうしているのか僕は知らない。あれから20年近くたったが、その間に風の便りのようなものは残念ながら僕のもとには届いてきていない。
あの頃の僕らは少しずつこの世界が矛盾や、理不尽なことにあふれていることに気づき、あせり、怒り、絶望しながら、なんとか前を向かなきゃともがいていた。いつだって問題だらけで、どんなにしょっぱい経験をして苦い思い出ばかりを作ってしまっていても、それでも僕らなりに必死に生きていつもりだ。
「夢や希望を持って人生を謳歌しよう。今やみんながお金を持っている時代になったのだから。」
誰しもがそんな風に思っていた頃から一転バブル景気はもろくも崩れ去り、まさか5年も不景気が続くとは、10年も続くとはと言い、それに右往左往しおびえ続ける大人たちを見続けてきた僕らは、バブルが崩壊して約20年経った今でも思う。
人生はいつも薔薇色ではない、いつだって問題だらけだ。そこそこタフじゃなきゃ受け付けてもらえない。それでもやっぱり、必死に生きていいかなくちゃならない。
え?なんでmustなのかって?
そんなこと知らないし、どうでもいい。ほんと、知るかって感じだ。