
ときおりふとした瞬間にノスタルジックな感傷が襲う。人によりその頻度は様々だろうけど、とにかくそういう瞬間がたまに訪れる。
デジャヴ的な瞬間の脳のステップでふと強烈にある出来事を思い出してみたり、集中して何かをしていて一瞬力を抜いたときに、ぐるんとなにか少し粘着質なかたまりが血管を走りぬけ、脳に遠く過ぎ去った過去の記憶を運んでくる。
僕らは記憶に囚われた存在だ、とはいえるだろう。古代から脈々と少しずつ形を変えてたどり着いたこの僕という肉体。僕のもつ遺伝子。そう、足の指の形から脳の仕組みまでありとあらゆる僕の一部が記憶に囚われた存在。
そして僕はヒトであるがゆえに思考し、行動する。それゆえに生まれる新たな記憶。
はい、2Gのメモリですね、という感じでおしはかれるような01数字の羅列ではない(はずの)記憶。シナプスがどうしたとかそういったものは専門外なのでまったくもって不明だけれども、僕らの脳にとって不可欠のキーワードは?と言われれば、今のところ「記憶」と僕は答えるだろう。
僕らは感情を持ったモノ(あえてこう表現する)だ。感情は記憶を描く。直線であったり、円を描いてやがて周回する、というよりは螺旋上にあるいはもっと複雑に入り組んでいるのだろう。
描かれた記憶はどこへ行くのだろう。いつもそれは分からないし、それをコントロールできることが優良と言えるか、不良なのか、その答えはよくわからない。
じゃあLost Controlがノスタルジアを運んでくるのか、そうなのか。もちろん、わからない。いや、愚かなだけか?少なくとも僕らは何かを大切に想っているし、入り組んだ線を途切れさせてはいけないと潜在的に想っている(この急激な進化の過程でバグがおきていれば別だけど(それが本当の進化だったり?))。
Nostalgiaはなにかの知らせか。生命記憶とかそういったことを色々と考えていると、なんとなくそんな気がして、何かをふっと思い出し「ああ、そういえばあの頃は・・・」と考えるたびに、今という時間にそれがどんな意味をもっているのか、ちょっと考え込んでしまう・・・。
とりあえず、小学校の時に家の鍵がなくて草むらで大きいほう周りを気にしながらしたことを今ふと思い出したのは、なぜなのか。
今はその答えが欲しいような(笑)