親戚のおばさんが先日亡くなったと連絡があった。久々の休日でJAZZの古いレコードやfenezzのendless summerなんかを久々に聞いてゆっくりとしていた夜8時くらいだった。末期ガンということは母から随分前に聞いていたので驚きはしなかったけれども。
本当は僕の母宛に電話したつもりだったらしいのだが、なぜか手違いで僕の家に電話がはいった。亡くなったおばさんの息子さんからの電話だったけれども、僕が小学生の時以来、たぶん僕の曾祖母(彼の祖母)の葬式以来だと思う。
火葬場の休憩室で、Aさんから両端がねじって袋に入っているおつまみの中身を取り出して、そこにゴミをつめて再度ねじりなおしたお菓子を手渡されて。そんなちょっとしたいたずらをされた記憶が片隅に残っていて、それと他の人の箸に自分の箸を当てちゃいけないよと母に注意を受けた記憶がある。
それが、あの火葬場での僕の少ない記憶。
当時の彼は高校生くらいだったと思う、あの頃の僕としては十分大人な存在。見上げなければ会話できないくらいの背丈の差と、無骨な骨格がそれを象徴していた。
「もしもし、あ、お母さんのところにかけたつもりだったんだけど、間違ったみたいだね。実は母が亡くなってね...あ、そういやほんと久しぶりだよね、元気?...そう。じゃあお母さんのところにかけるね。」
思えば20年ぶりくらいの会話だった。ほんの1分弱の会話。過ぎた時間と同様の距離感。今の姿をお互い想像できないくらい久々の会話だった。
おばさんの死というものと、彼の掛け違えた電話という偶然がなければ、彼とは交わることなんかなかったのでは、と思う。
誰かの死が、遠い人を呼び寄せる。
大学生の頃。親しい友人の祖母が亡くなった。
母親のいない彼の家では中学高校と、ずいぶんとおばあちゃんのカレーを食べさせてもらった。
大学に進んでからは彼と遊ぶことも限られ、そんな時彼からの電話でその死を知った。
浮かれ気分の大学時代。無責任と夢遊病のような大学時代。バブルはとっくにはじけ、不況のど真ん中だったけれども、いまいち実感の伴わなかった(感じ取る能力もなかった)大学時代。
彼の祖母はなくなった。
かつてのバンド仲間や、その周りの友人たち数人が葬儀に来ていた。
僕が覚えているのは、そのうちの一人の女の子が泣きじゃくりながら寿司を食いまくっていたことと、なにかいいようのない不安感、喪失感。
人の死は、僕をまた人に近づけた。
高校生の頃、中学2年のときの美術の先生がガンで亡くなったと、当時の同級生から連絡があった。
僕は中学3年で引越し、その頃住んでいた場所にはいなかったし、直接その先生が担任だったこともなかったので葬儀に行くことはなかったが、担任当時の生徒は連絡しあって集まったとやはり後から聞いた。悲しみにくれるなかでも、ちょっと懐かしい昔話に花をさかせた時間もあったらしい。
そんなことを聞いて、僕もしばしあの頃のことを思い出した。昔の8mmフィルムのように、色褪せたいくつかの記憶。夕日が差し込む美術室と、その外ではサッカー部や野球部が今日も練習をしている。
夕日が反射していまいち手元の定まらない刃先にうんざりしながら僕はなにかを彫っている。
課題の遣り残しか、何か。それはもう、今はわからない。
ただ、少し汗ばむ教室の一角で僕は何かを作っていた。
おぼろげな、懐かしい光景。
人の死が、僕らを呼び集める。
僕らの小さな記憶を呼び集め、やがて東京の雪のようにすぐに消えてなくなる。
君に会いたいのかどうかもわからない。あの頃の僕がなにかも分からない。
淡い存在。
ぼくという、君という、
儚い存在。
ただ、僕はまだ呼吸をしている。
