5月はじめのゴールデンウィーク後半、僕は伊豆の祖父母の家に向かった。明け方の冷たい風に気づき徹夜続きの仕事をいったん止め、ふと窓の外を見ると太陽がうっすらと顔を出していた。
何日目だろう、一日の睡眠時間が2、3時間程度の日が続いているのは。その日僕は仕事のめどが立ったということもあるけれども、ふと祖父母の家に行こうと思いたった。祖母が体のあちこちに癌を患い入退院を繰り返し始めた頃から、祖母の体調も気にかかることもあってこんな感じにふと半年に1回程度伊豆に突然行くようになった。
午前7時の小田急線に乗り込んだ僕は、ほどなく眠りにつく。1度目に目が覚めたのは秦野駅に着いた時。その後小田原で下車するまでまた眠りにつく。耳につけたイヤフォンからは最近気に入ってよく聞いているREMのリヴィールというアルバムが流れているが、眠っている僕にはもはや意味をなしてはいない。
1時間弱で小田原に到着し、JRのホームに向かう。やがて到着した熱海行きの東海道線に乗り込んだ僕は、席が空いていなかったためドアの脇にもたれながらぼんやりと外の景色を見ていた。海が見える。その海の一番先はゆるい弧を描いて白くて深い光を放っていた。波打つ海原に、ぽつんぽつんと漁船が見える。イヤフォンからは寝ていて聞けなかったREMがまだリピートで流れているが、ぼんやりとした意識で電車に揺られている僕にはやはり意味をなしてはいない。
熱海で沼津行きに乗り継ぎ、ようやく三島に着いた。PASMOでここまできたが、三島はJR東日本ではないため、PASMOが使えない、ということに気づく。前回もそうだったのだが、まったく学習していないようだ。三島からは伊豆箱根鉄道に乗り換える。この電車はすべて各駅停車で、最高速度もせいぜい30キロがいいとこの(勝手な思い込みです)小さな電車だ。昔小さい頃、少しでもはやく祖父母の家に着きたいと願う自分の思いをあざ笑うかのようにゆっくりと走るこの電車が憎らしくて、思わず「もうこんな電車降りる!」と泣いて叫んだということを、母からよく聞かされた。自分でも覚えているのは、東京の普段乗っている京王線と比較してあまりの遅さにものすごく腹がたったということだ。泣き叫んだことはどうやら自分にとって不都合なことらしく、自分の記憶にはあまり残されてはいない。
この揺れの大きめの電車にのってしばらくしてまた眠りにつく。あけた窓から入り込む少し冷たい風が僕を包み込み、夢見心地にした。それにしても、眠い。日頃の睡眠不足が堰を切ったように押し寄せる。半分眠った脳で、電車の放つ金属音と風の音を聞きながら、40分弱の車中は、いくつかのさもない夢を見ながらの心地よいものだった。
駅に降り立った僕は、陽の光を浴びながら、タクシー乗り場に向かった。
「Aまでお願いします。B国立公園に行く途中、真ん中くらいのところにある商店まで。」
運転手に行き先を告げると、「ん…」という小さなうなずきの声とともにタクシーは走り出した。東京ではもう感じることの出来ない草いきれと少し肌寒い風邪が、窓から入り込んでくる。雲が減ってきた空は青色を増し、緑はよりいっそうその色を鮮やかにする。田植え前の田んぼの水がプリズムを放ち、あたりに舞い散る。僕は目を瞑り草いきれとまぶたを通して入る光を感じる。
ゆるやかなカーブをいくつ数えたろうか、ほどなく商店の前に着いた。領収書を受け取りタクシーから降りると、振り注ぐ太陽が僕の体を熱して額に汗がにじんできた。ときおりそっと頬をなでるように流れる冷たい風が太陽の暑さとのコントラストを強めていく。そして祖父母の家に向かって小道を進む。車の通ることが出来ない細い道を少しずつあがっていく。竹やぶの下を通り過ぎる時、そこは笹のゆれる音と僕の少し乱れた呼吸が聞こえるだけ。やがて最後の上り坂をあがり終えると、古い母屋にたどり着いた。
施錠のされていない玄関をガラガラと明け、居間に向かう。
「こんにちは。」
僕は居間でテレビを見ている二人を見つけ、声をかけた。
「ああ、夏樹かい。どうしたんだい、今日は。」
驚きとともに、少しうれしそうに笑ってくれる祖母と状況把握に少し戸惑っている祖父を見つつ、いつもの通り仏壇のほうへ向きなおした。いつものとおり線香を1本。チン、と一鳴り、手を合わせて少し目を閉じた。線香の香りと、谷間を抜ける風邪のにおい。一瞬意識は遠くへ飛んでいったが、祖母の僕を呼ぶ声が届き、目を開け振り向いた。
玄関の外に見えるのは陽の光りが反射する竹やぶだ。眩暈がするくらいに明るく、吸い込まれるように足をすすめた。
祖母は玄関脇の鉢植えをいじりながら、
「天気がいいから、バーベキューでもしよう。」
と言った。
僕が小学生の頃、ちょうど従兄妹やはとこといった連中が同じく小学生やあるいは幼稚園児で、盆と正月のこの伊豆の家は縁側に寝る人がでるほど大変な賑わいを見せていた。今はもうあらかた成人し、それぞれの生活があり親戚が集まるなんてことはなくなってしまったが、その頃は盆の時期は庭でバーベキューをすることがよくあった。またそれがとても楽しかったことを覚えている。
祖母の体調が心配であり、居間での昼食をすすめようと思ったが、まあ、パラソルもあるし、帽子をかぶれば少しくらいいいかなと思い、言うのをやめた。祖母がしたいというのだ、したいようにさせてあげたいと思った。材料を買いに、軽自動車に祖母と僕は乗り込み、10分程度で店にたどり着いた。祖母が言うには最近出来た地元の食材を直販しているところだそうだ。なるほど、しいたけ、たけのこなど伊豆産のもので埋め尽くされている。ここで野菜と肉類を祖母と選び購入した。祖母の動くスピードは前にもまして遅くなっており、テンポをあわせるのに少し苦労した。
家に戻ると祖父がたけのこを外の窯でゆでていた。そのそばでテーブルとパラソルをひろげ、バーベキューを3人で食べた。やがて片づけを済まし、また睡魔に襲われた僕は縁側でうつぶせになって眠りについた。ここに来たときはいつもだいたいこんな感じで昼寝をする。竹やぶのさざめく音に風の匂い。小さな虫が空を飛ぶのがうっすらと見える。
一時間ほど寝ただろうか、日の光がまぶたの上から当たり目が覚める。居間に向かうと祖母も昼寝中で、祖父はテレビを見ていた。山側にある居間には日が差さず日中でもうすぐらい。居間に来た僕に気づいたのか祖母が眼を覚まし、洗濯物を片付けにいく。それを手伝いながら夏へと続く青い空を僕は眺める。夏の前には梅雨が来る。それは少し気がめいるのだけれども、その後には必ず夏がくる。5月後半の日差しは夏ほどの力はないけれども、それでも額には汗がにじんでくる。Tシャツがその汗を吸う。
明日は今取り掛かっている仕事の締切日だ。ふと思い出し、帰る支度をはじめた。祖父が「もう帰るのか」とたずねる。僕は笑いかけるだけ。祖母が駅までどうやって帰るのかとたずねてきたので、ちょうどバスが来るのでそれに乗ると答える。1時間半に1本のバスに。
祖父と祖母とは玄関でさよならをした。庭をでるとすぐ坂道になる。竹やぶを通り抜け、牛のにおいのする小道を進む。やがて、山間の水田が見えてくる。その水田の中央に道路があり、バスを待つ。
入道雲に近い、少しあつい雲が流れてくる。西から流れてくる。同じように時も流れてきて僕を急かす。急がなきゃ。なにか急がなければ。
もうすぐ梅雨がきて、そして夏がやってくる。この山間を抜ける風が、僕の住む街に夏の匂いを運んでくるのだ。
それに追い越されないよう、急がなければ。