
土日は神奈川県の端っこで貴船祭りを見に行ってきました。
ぬけるような青々とした空のこの日の気温は、おそらく33℃はいっていたのではないかと思われ、観光客はみんな汗をぬぐいながら祭りに見入っていました。日中町内をねり歩いた神輿を載せた船が数隻、夜になって港から神社に近い港の出口付近まで進み、また陸に揚げられ神社まで担がれていく。最後の神社までの長い階段は神輿を担ぐ人間のむせ返る汗のにおいと夏の暑い空気で充満していました。それはこの港町が昔から続けてきた夏のある一日の風景で、夏の始まりを告げる季節のこと。
年々この祭りの規模は小さくなっているらしい。町中に灯るちょうちんの数も随分と減っていて祭りの終わりと共にその日のうちに片付けられることが多くなったということです。それでも坂の上からこの港町を見下ろすと、無数のちょうちんが赤い光を放っていました。
無形重要文化財に指定を受けてから、祭りの会計報告がきちんとなされ町内の一部の人間による寄付金の搾取なんかはなくなったらしいのですが、その分色々な意味で魅力がなくなったのでしょう。浅草の祭りも暴力団との繋がりが強く大変そうですが(まあもともとヤクザの多い地域なのでしょうがないのでしょうけど)、全国的に価値観の変容、時代の流れといったものに飲み込まれて祭りというものから喧嘩的な要素が抜け落ち、いい意味でも悪い意味でも安全で無機質なものが出来上がっていっているのでしょう。
貴船祭りも昔は警備の警察官を海に投げ飛ばして2年間開催の許可がおりない時期があったり、船を左右に揺らしすぎて横転し、大騒ぎになったりということがあったらしいのですが、今年僕が見たものはいたって平和なものでした。また、たこ焼きやカキ氷などの出店も神輿が神社に着いてほどなく、そそくさと店じまいの支度を始め、観光客もいつの間にか夜の町に消えていきました。

様々なものが溢れる現代において、年に一回の祭りに自身のアイデンティティを見出すという人も随分と減ったのではないでしょうか。おのずと形だけが残り、そこには人々の思いや感情が薄れた、まるで役人の対応を見るような無機質な行事となっていって。やがてはなくなっていくのでしょう。
僕はもともとこういった行事に熱を上げる人とは意見が合わないほうなので(笑)暑苦しい人がいなくなって非常に結構なこと...と感じつつも、それでも日本の夏を彩ってきた風景が少しずつなくなっていくのは、外から眺めていてもやはり寂しさを感じずにはいられません。
夏が過ぎ 風あざみ
だれの憧れにさまよう
青空に残された 私の心は夏もよう
夢が覚め 夜の中 長い冬が
窓を閉じて 呼びかけたままで
夢はつまり 想い出の後先
夏祭り 宵かがり 胸の高鳴りに合わせて
八月は 夢花火 私の心は夏もよう
目が覚めて 夢のあと 長い影が
夜に伸びて 星屑の空へ
夢はつまり 想い出の後先
夏が過ぎ風あざみ だれの憧れにさまよう
八月は 夢花火 私の心は夏もよう
少年時代 by 井上陽水

夏祭りは日本で育った僕ら"元"少年にとっては、忘れられない行事です。普段許されない時間帯に外にいることができ、ちょうちんの明かりに照らされた鮮やかな和服の模様。おなかに響く太鼓の音。友達といるときの何か暗いなか冒険をしているようなドキドキ感。いつも見ている街ではない僕らの街の景色に、興奮はいつまでも醒めることがなく...
そんな夏祭りがすこしずつ消えていくのは本当にさびしいことですが、今の子供たちはどうなんでしょう?同じような感情を夏祭りに抱いているのか...
夏祭り 宵かがり 胸の高鳴りに合わせて
八月は 夢花火 私の心は夏もよう
とにかく、今年も夏がやってきました。