
昔、一人の友達を失った時のこと。
小学生の3年生になった時クラス替えがあり、その時に出会ったA君という毎日一緒に遊ぶ友達がいた。よく自転車を二人乗りして、住んでいる街の色々なところにでかけた。そして、学校の帰り道もほぼ毎日一緒だったと記憶している。僕が小さな過ち(そしてそれは結果として大きな過ちとなったのだけれど)犯すまでは。
ある日、学年か学級か忘れたけれども全体で掃除をするイベントがあった。各自ぞうきんを片手に学校の掃除をしたんだろうと思う。やがて掃除を終えた僕たちは階段を上り、教室に向かっていた。いつものように談笑し、ふざけあいながら。その途中で僕は水に濡れた雑巾を階段に叩きつけるといういまさらながらまったく意味のわからない(笑)行為に講じていた。特に悪いことだと思わずに。
教室で先生がくるのをまっていると、やがて怒ってしかめっ面をした先生が入ってきた。
「廊下を水浸しにしたのは誰だ!」
教室は一瞬静まり返った。僕は自分のことだと気づくのに数秒を要した。そして、あまりの静けさと先生の表情に怖じけずいた僕は名乗り出ることができなかった。やがて名乗り出る者がいないことにいらだった先生が、一人の生徒を刺して質問した。
「A、お前は誰か知っているか。」
親友のA君だった。A君はその問いに答えなかった。動揺をみせながらも黙ってうつむき続けた。先生はその様子でA君が知っていることを理解してもう一度、A君に同じ質問を投げかけた。それでもA君は黙ってうつむき、クラスメイトも沈黙し続けた。そして、僕もついに名乗り出ることはできずにおびえながらうつむき続けた。やがて、これ以上待っていてもA君が答えないことを悟った先生は相変わらずの怒った顔をしながらA君に告げた。
「言わないなら言うまで返さない。後のみんなは帰りなさい。」
気まずい雰囲気に耐えかねるように、いつもは放課後も教室に残って遊んでいるみんなもそそくさと教室をあとにし始める。徐々に人気がなくなっていく教室と立ち尽くすA君。そして立ち上がって帰ることのできない僕。やがて教室にはA君と先生と僕の3人だけになった。
この後どんな説教を受けたか覚えていない。思い出すのは校門を一緒に、しかし無言のままうつむいてくぐるA君と僕の姿だ。僕はA君が僕を守ってくれたのに自分はA 君を守らなかったことで大きな負い目を感じ、彼に話しかけることができなかった。そして一言も会話を交わさずに別れた。
あの時A君が僕にどういう感情をもったかは推測することしかできない。でも確かなことは次の日から僕らにはもう戻ることのできない距離ができてしまったということだ。僕の過ちは大きな代償を生んでしまった。
その後、中学校の2年生まで同じ学校に通っていたが彼とはほとんど会話を交わしてはいない。自分は彼ともう一度友達になれればと思っていたが、負い目もあり話しかけずらく、彼も僕と目を合わせようとはしなかった。
僕は中学3年の時に引っ越したため、彼を目にする機会は本当になくなってしまっていた。時は過ぎ、大学生になった僕はA君ではない別の友達に会うために久々にあの街に戻った時、ふと思い立って彼の住んでいた集合住宅に足を伸ばした。おそるおそる彼の家であった場所を除くと人が住んでいる気配はなく、彼もまた引っ越していったようだった。
あの頃何度もちょっとだけ時間を戻してくれないかと願った。彼と楽しく遊んだ日々にどうしても戻りたかった。しかし、時は正確に過ぎていき僕らはその時間軸から逃れることはできない。そうしていつのまにか僕も彼もあの街を離れていた。
彼のことを思い出す時、僕は胸が苦しくなる。それでもその苦しさも時とともに少しずつ薄まっている気がする。でも未だに消えてはいないし、消えることはないだろう。乾いた飛沫の跡のようにそれはかすかな、かすかな記憶となってたまに思い出され、その度胸が少しだけ痛む。