友人が自身のブログで、19歳の頃から年をとった気がしないと書いていた。
それを見終えた後、しばらく自分の中に空白の時間が出来た。僕は19歳の頃から比べると随分変わったのかなと思っている。その考えが当たり前だと思っていたから、少し空白ができた。そして、彼のことを少し思い返した。
僕と同じ27歳だから、19歳になってから8年変わっていないということだ。...今でもたまに彼と遊んだりするが確かに彼はそんなに変わっていないかなとも思う。でも本当にそうなのだろうか。もう少し彼のことを考えてみた。
彼とは小学校1年生から毎日のように遊び、高校は違ったけれどもバンドを結成しともに活動したような仲であったが、大学に行った頃から、そう、彼がいう19歳の頃から数ヶ月に一回飲みに行くくらいの地元の友達という関係になっていった。それはごく自然のことだった。そうやって日々は変わっていくものなのだから。
高校を卒業し19歳で社会人になった彼は、音楽に夢中になりバンド活動を、夢を描きながら心底楽しんでいた。もちろん、仕事もしていた(当時は配管かなんかをしていた気がする)。勝手な想像だがこの時期が僕の知る彼の人生ですごくいい季節だったように思う。後にバンドが解散してからも新しいバンドをやるべく準備し、曲を書き、詩を書き、そして生活のための仕事もしていた。その生活はきっと夢と現実と日常とが入り混じった、ごく当たり前の日々。希望と絶望が交差する全ての人が過ごす当たり前の日々。
8年という歳月はそんなに短いものではない(たとえあっという間であっても)。僕もその間に大学を卒業し、仕事につき、転職もしている。彼もいくつかの仕事につき現在に至っている。そして、幾人かの身近な人の死を知り、新しい命にも出会っている。世界はめまぐるしいスピードで変化し、環境は激変、社会情勢は不安定化の一途、技術革新(今このウェブの仕事をしていると本当にそのスピードに驚くばかりです)。父と母は老い、ふと気づいた皺だらけの手を見て驚きを隠せない。8年前のあの頃とは本当に何もかもが違っていて、過去が笑えるくらいにセピア色(笑)。確か8年前に出始めのiモードを手にした友達をみんなでそんなものなにに使うのだと馬鹿にしたなんていう記憶もあり、んー本当に違う。実家の最寄り駅は駅ビルがたち、新しくモノレールが走っている。あれ、あの饅頭屋どこに消えた?あ、このさら地はこの前まで…。そうなんです、きりがない。変わりすぎていてきりがない。彼は何を根拠に年をとった気がしないと書いたんだろう。こんなにも世界は変わり果てているのに。自分の時間だけが進んでいないというのか。それは許されること名なのか、いいことなのか。
彼を思う。しばし思う。
正直、不器用な人だし、頭がきれるわけでもない。けれども、意外としつこい。根はまじめで正直者。だから人からアホじゃないかと思われるような些細なことでも、自分がこうしたいと思えば、それを変えない。たまに笑っちゃいそうになるくらい真剣にこちらから見てどうでもいいことを守ろうとする。不恰好に見えるそのやり方も、僕には理解できない面があったとしても、彼にとってはごく自然なことであって。僕には僕のアイデンティティがあり、彼には彼のリアリティがある。
それが彼なのか。だからなのか。
もしそうであれば、彼は19歳の時の社会人となった頃、燦然と未来が輝いていたあの景色を今でも見ているのだろう。世界がどうなろうとも、あの時の彼が彼の中で輝いていて、それはまだ彼の中で失われていないし、守っていきたい。どんなに嫌なことが、うんざりすることが身に降りかかっても、失わなかった19歳の彼自身。それが彼の中のリアリティ。
はたからみれば幻影を追う夢遊病者のような彼だが(笑)、僕は彼が彼らしさの象徴である幻影を失わないよう、少しだけ祈っている。
ちなみに僕はとうに幻影を失っています...アーメン。